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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)56号 判決

原告 鈴木敏文

被告 小金井市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

1  被告に次のごとき小金井市の財産の管理を怠る事実が存在することは違法であることを確認する。

(一) 小金井市道第一一二号線道路敷地のうち、別紙第一図面イロハニホヘイの各点を結ぶ線によつて囲まれた部分および小金井市道第二一三号線道路敷地のうち、別紙第二図面ABCDEFGAの各点を結ぶ線によつて囲まれた部分を、他に占有され消滅したのにその回復の措置をとらないこと。

(二) 前号の各道路敷地の各占有者に対し、前記不法占有を原因とする相当額の損害賠償請求をしないこと。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告)

一  本案前の申立て

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

二  本案の申立て

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は、東京都小金井市の住民である。

二  原告の申立て第一項記載の各道路(以下「本件各道路」という。)の敷地は、いずれも国有地であるが、道路法八条により被告小金井市長がこれを市道と認定し、道路法三条四号にかかげる道路として、またその敷地は小金井市の財産として、小金井市が管理するものである。

三  しかるところ、本件各道路のうち原告の申立て第一項記載の各部分(以下「本件各道路部分」という。)は、小金井市内の私人によつて占有使用され、垣根をめぐらされて一般人の通行が妨げられている。

四  そこで、原告は、昭和四一年四月七日、小金井市監査委員に対し、本件申立て第一項記載と同一の怠る事実があるとして、その監査を求め、当該怠る事実を改めることおよび右怠る事実によつて小金井市がこうむつた損害を補填するに必要な措置を講ずべきことを請求した。

五  しかるところ、小金井市監査委員大久保裕正は、昭和四一年五月三〇日、本件各道路部分はいずれも国有地を小金井市が借用して市道に認定したものであつて、本件各道路部分の敷地は地方自治法二三七条、同二三八条にいう小金井市の財産ではないとして、原告の監査請求を却下する旨の監査の結果を原告に通知した。

六  しかしながら、本件各道路部分の敷地が地方自治法二三八条一項四号にいう「その他これらに準ずる権利」に該当し、同法二四二条にいう小金井市の財産であることは明白であり、被告に前記怠る事実が存するので、原告は、被告に対し、怠る事実の違法確認を求める。

(被告の主張に対する反論)

一  被告は、小金井市監査委員が原告の監査請求を却下したことをもつて、原告が適法な監査請求を経ていないと主張するが、小金井市監査委員のした監査は、請求に理由がないと認めたものであつて、地方自治法二四二条三項にいう監査を行なつたものであり、これを不服とする者が同法二四二条の二の住民訴訟を提起しうるのは当然である。

二  被告は、市道第一一二号線について、都知事の境界確定がいまだなされていないと主張するが、昭和四二年二月四日被告の申出に基づく境界査定がなされ、境界は確定し、その結果は被告に通知されているはずであり、被告には、請求原因第三項記載のような怠る事実が存するのである。

第三被告の主張

(本案前の主張)

地方自治法二四二条の二の住民訴訟を提起するには、同法二四二条の住民監査請求を前置すべきものとされ、しかもこの住民監査請求は適法なものでなければならないのであつて監査請求に真の瑕疵があつて、地方公共団体の監査委員が監査請求を却下し、右却下が適法と認められる場合には適法な監査請求を経たことにはならないのである。

本件の場合、原告は小金井市監査委員に対し監査の請求をしているが、本件各道路部分の敷地はいずれも国の所有地であり、のちに述べるように、同監査委員が監査すべき小金井市の財産ではなかつたところから、同監査委員は監査請求を却下しているのであり、監査請求は不適法であつたと解される。

すなわち、本件各道路の敷地はいずれも国有地であり、国が所有し管理しているものであるところ、国は、国有財産法九条三項、同法施行令六条二項および建設省所管国有財産取扱規則(昭和三〇年建設訓令第一号)三条の各規定に基づき本件各道路の管理および処分に関する事務を東京都に委任しているのであり、東京都は、国の部局として、国有財産である本件道路敷地の管理をしているのである。小金井市は、本件各道路の敷地を国から無償で借り受け、市道として国(本件各道路の場合は国の部局としての東京都)の管理のもとに道路として必要な維持管理をしているのである。

原告は、本件各道路の敷地が地方自治法二三八条一項四号に該当すると主張するが、これは同号の解釈を誤つたものであつて、同号にいう「その他これらに準ずる権利」とは、例示されている地上権、地役権、鉱業権のように、法律上確立している用益物権または用益物権的性格を有する権利であつて、民法上の永小作権、漁業法上の漁業権および入漁権、鉱業法上の租鉱権、採石法上の採石権等は含まれるが、賃借権、占有権、水利権、担保物権、電話加入権等は含まれず、本件のように国から無償貸付を受けている道路敷地がこれに該当しないことは明らかである。

したがつて、結局本件訴えは、監査請求前置主義をとる地方自治法の規定に反しているので、不適法として却下さるべきものである。

(本案の答弁)

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実は否認する。

四  同第四項の事実は認める。

五  同第五項の事実は認める。

六  同第六項の主張は争う。

(本案の主張)

一  被告は、本件各道路部分の敷地につき必要な管理義務を尽くしている。

すなわち、国有財産法三一条の三によると、各省各庁の長はその所管に属する国有財産の境界が明らかでない場合には、隣接地の所有者と境界確定の協議をすることになつており、本件各道路の場合には、国の部局の長として東京都知事が国有財産である本件各道路の敷地と隣接地との境界確定の協議をする権限を有するのであつて、小金井市長には右権限はないのである。本件各道路のうち、小金井市道第一一二号線は、大正九年三月二五日小金井村の村道に認定され、その後小金井村が町、市となるに伴い、それぞれ町道、市道となつて現在に至つたものであるが、このように小金井市(村)が現在の市道第一一二号線の維持管理を始めたのは相当古いことであり、しかも右道路は最近まであまり頻繁には使用されていなかつたので、長年の間に通行人が歩きやすいところを使用し、ために道路と隣接地との境界が不分明になつてきたので、たえず市道の維持管理に留意していた被告は、昭和三九年七月二二日、前記のとおり右道路の管理権を有する東京都知事に対し、境界確定の申入れをし、その査定をまつて具体的な維持管理をすることを期していたのであるが、都知事の査定が遅れており、未だに確定がなされていないのである。したがつて、現状では被告は市道第一一二号線と思われる土地の維持管理につとめてきたものであつて、原告の主張するような管理を怠つた事実は存しない。

二  原告は、市道第一一二号線が私人によつて占有されていると主張するが、右のように右市道の境界が未確定の状態であるので、原告主張のように断定することはできない。

また、原告は、市道第二一三号線についても同様に一般私人によつて占有されていると主張するが、そのような事実は全く存しない。

第四証拠〈省略〉

理由

第一本案前の判断

原告が小金井市の住民であること、原告が本件各道路部分につき被告には違法にその管理を怠る事実があるとして、小金井市監査委員に対し監査請求をなしたこと、同委員が本件各道路部分の敷地が小金井市の財産でないことを理由に原告の監査請求を却下したことは、いずれも当事者間に争いがない。

被告は、本案前の抗弁として、右敷地はいずれも国有地であり、地方自治法二四二条の監査請求の対象となる財産に該当しないので、原告のした監査請求は不適法である、それゆえ小金井市監査委員はこれを却下したのであつて、原告の本件訴えは適法な監査請求を経ていない不適法なもので却下さるべきであると主張する。

しかしながら、本件各道路部分の敷地が監査請求の対象となる財産に該当するか否かの問題は、監査請求の内容をなす当否の問題であつて、監査請求の適不適の問題ではない。客観的に監査請求の対象とならない財産についても請求人がその対象となる財産と主張として監査請求を提起するときは、他の要件において欠けるところのない限り適法の監査請求としてその実体に入つて判断し、その請求を棄却すべきものと解するのが相当である小金井市監査委員がした本件監査請求の却下は、その実体に入つての判断であるから、監査請求を棄却する趣旨のものと解することができる。されば原告のした監査請求ならびに本件訴えは適法であつて、被告の本案前の主張は失当である。

第二本案の判断

一  まず、本件各道路部分の敷地に対する被告の管理権の有無について考察する。

本件各道路部分の敷地が国有地であることは当事者間に争いがなく、右土地の管理処分等に関する事務は、国有財産法九条三項、同法施行令六条二項、建設省所管国有財産取扱規則(昭和三〇年建設訓令第一号)三条の各規定に基づき、国の部局としての東京都の長である都知事においてこれを処理することとされており、また、本件各道路は小金井市道であつて(この点は当事者間に争いがない。)、その敷地部分は道路法施行法五条の規定に基づき、小金井市が国から無償貸付を受けているものである。

ところで、地方自治法二四二条および同条の二にいう財産の範囲および分類については、同法二三七条以下において定められており、住民監査請求および住民訴訟は、普通地方公共団体に属する財産につきその地方公共団体の長等の管理および処分につき、当該地方公共団体の住民にその違法または不当(住民訴訟は違法についてのみ)の是正の手段を付与したものであるから、二四二条および同条の二にいう財産は、同法二三七条、二三八条、二三九条、二四〇条、二四一条で定める財産と当然一致すべきものである。そして、本件においては、小金井市が本件各道路部分の敷地を国から無償貸付を受けて使用する権利が同法二三八条一項四号にいう、地上権、地役権、鉱業権「その他これらに準ずる権利」に該当するかどうかが争点である。

右二三八条は国有財産法二条と規定のしかたをほぼ同一にしており、同条ないし国有財産法の解釈として、「その他これらに準ずる権利」とは法律上確立している用益物権または用益物権的性格を有する権利をいい、したがつて、永小作権、入会権、漁業権、入漁権、租鉱権、採石権等は本号に該当するが、占有権、水利権、担保物権、賃借権、借地権、借家権、電話加入権等は本号に該当しない、との解釈が行なわれている。

しかしながら、近時においては、地方公共団体が不動産に対する使用権を賃借権あるいは使用貸借に基づく権利として保有する例がはなはだ多いのであつて財産的管理の現実的な必要性の点からみて、これを法二三八条一項四号に列挙されている地上権、地役権と区別する根拠はすでに存在しないといわなければならない。また、とくに不動産賃借権については、近時において物権化傾向が認められ、立法なしい法解釈上物権に近い保護が与えられるに至つており、地上権ととくに区別して扱うべき根拠に乏しいというべきである。使用貸借に基づく使用権の場合には対価としての出捐もなく、物権化傾向も認められず、権利の安定性も乏しいが、地方公共団体がこれに基づき不動産を使用する場合には、これを現実に行政目的のために供するのであるからその管理に十全を期すべきは当然である。地方公共団体の財産管理の面からみるときには、これも地上権、地役権等に準じて扱うを相当とする。そして、地方自治法二三八条一項四号は、これを一定の権利に厳格に限定するものではなく、また用益物権に限ることを明示しているものでもないから右のように普通地方公共団体の財務上例示された地上権、地役権、鉱業権に準じて扱うを相当とするものは、これを同号に該当するものと解するに何ら差し支えはない。それゆえ、不動産に対する賃貸借または使用貸借による権利は、同号に該当する公有財産であるというべきである。

ところで、道路法九〇条二項、道路法施行法五条、国有財産法二二条の無償貸付の法的性格は使用貸借であると解すべきであるから、これに基づく権利は地方自治法二三八条一項四号に該当するものと解するを相当とする。右無償貸付に基づく権利は、いずれもその用途、目的が重要な行政目的に限定されており、道路法による場合には、現実に道路に供されているのであつて、無償貸付による権利を有する者は、財産管理者として、右権利を良好の状態に保ち、土地行政を担当する道路管理者が道路としての維持管理等の道路行政を十分に行ないうる状況を作出しておかねばならない必要性があるというべきである(地方財政法八条参照)。また、たとえば、国有財産法二二条三項(道路法九〇条二項、同法施行法五条に基づく無償貸付についても適用があると解する。)によれば、各省各庁の長は、貸付を受けた公共団体の当該財産に対する管理が良好でないと認めるときは直ちにその契約を解除しなければならないとされており、しかるときは、当該公共団体としてはこれを失い、公共の用に供することが不可能となるのである。このような無償とはいえ、財産管理の必要性は多大といわなければならない。

したがつて結局、本件各道路部分の敷地は地方自治法二四二条、同条の二にいう財産に該当し、住民監査請求ないし住民訴訟の対象となるものである。

二  そこでさらに、被告に本件各道路部分の敷地につきその管理を怠る事実が存するか否かについて検討する。

右財産管理の内容は、道路法上要求される道路管理者の道路の維持修繕その他の管理とは観念上は別個のものであつて、むしろその前提をなすものである。ただ、このように両者は別個の観念であるとはいえ、道路管理者の管理行為も要するに公の施設として道路を一般交通の用に供するため良好の状態に維持管理することに尽きるし、他方財産管理者も、財産を常に良好の状態において管理し、その所有の目的に応じて最も効率的にこれを運用しなければならない(地方財政法八条)のであつて、結局、両者の内容は実際上は重なりあう部分があると解される。

ゆえに、たとえば、道路を第三者によつて不法に占有されたままの状態に放置し、その占有回復のために何らの措置も講じないときには、これは財産管理者としても道路管理者としてもいずれもその管理を怠るものというべきであるが、これと異なりたとえば、道路を荒れるにまかせて道路として一般人の進行に耐えない状況に放置しておくことは、これはもつぱら道路管理者の管理行政上の違法事実としてとらえることができる。

本件において、被告に管理を怠る違法があるとして原告が主張する事実は、本件各道路部分の敷地が第三者によつて不法に占有されたままの状態にあることを放任しているとの点にあるから、右主張事実は、道路管理者のみならず財産管理者としても当該管理を怠る事実といいうる場合であると解することができる。

三  まず、市道第一一二号線についてみるに、いずれも成立に争いのない甲第五、第六号証、乙第一号証の一、証人小村武義、同永井勉の各証言(証人小村武義の証言中後記措信しない部分を除く。)によれば、市道路第一一二号線の本件部分につき、市道の敷地と隣地との境界が不明であつたため、被告が右敷地につき国有財産としての管理にあたる東京都知事に対し、公共用地(道路)境界査定願をなしたところ、昭和四二年一月二〇日、都係官は現場において、隣地である小金井市前原町一五八四番地の土地所有者間載一および同町一五八五番地所有者鈴木恭吉ならびに小金井市職員を立ち会わせて境界の確定のための協議をなしたこと、その結果協議がととのい同年二月一〇日には境界が確定したこと、右協議によれば同町一五八五番地鈴木恭吉所有の建物は本件第一一二号線の道路にかかつてはいなかつたことがそれぞれ認められ、証人小村武義の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

もつとも、これとは別個に、本件における検証の結果によると、市道第一一二号線の北側にある間載一所有の同町一五八四番の土地上には二階建の建物が存し、右建物の一階の屋根南東端部分がわずかに市道部分上方空間をかすめている事実を認めることができ、これに反する証拠はない。しかしながら、その程度たるや極めて微々たるものであつて、道路の通常の用法に何らの支障もなく、したがつて右をもつて市道敷地の不法占有とは認め難い。そうだとすれば、これを管理する普通地方公共団体において、財産管理者としてことさらに管理を怠つた違法があるとまではいうことができないというべきである。それゆえ、被告に前記管理を怠る違法な事実があるとの原告の主張は採用することができない(なお、弁論の全趣旨によれば、前記二階建建物が建築されたのは、監査請求あるいは境界確定のための協議ののち、本件検証の前と推認されるが、監査請求前置主義にもかかわらず、住民訴訟における怠る事実の違法確認を求める訴訟の違法判断の基準時は最終口頭弁論の終結時と解するのが相当である。)。

四  次に、市道第二一三号線についてみるに、証人小村武義、同永井勉の各証言(証人小村武義の証言中後記措信しない部分を除く。)および検証の結果によれば、被告が市道第二一三号線の本件部分についても都知事に対し境界の査定を求めたところ、都知事は、昭和四一年九月二二日および同年一一月一一日の両日、現地において隣地所有者立会のうえ協議を行なつたが、隣地所有者である松平トキと梶四郎との間で境界について争いがあり、訴訟問題にまで発展していたため協議がととのわず都知事としては査定を完結することができなかつたこと、小金井市の建設部の小村武義は、査定が一応なされ、その結果第二一三号線の本件部分の北側に梶四郎所有の樹木が数本市道部分にかかつて存在すると認められたため、同人に命じてこれらを伐採させ、現在は一応通行しうる状況になつていることを認めることができ、証人小村武義の証言中右認定に反する部分を措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

これらによれば、市道第二一三号線の本件部分についても、被告に、その管理を怠る違法な事実があるとすることはできないというべきである。

第三結論

以上により、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中平健吉 渡辺昭 岩井俊)

(別紙図面省略)

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